@ | Them Changes | 5:11 |
A | Menphis Underground | 7:07 |
B | Bouree | 6:06 |
C | Heart Of Gold | 3:07 |
D | A Place In The Sun | 4:50 |
E | Ronde | 8:25 |
F | I Talk To The Wind | 6:05 |
G | Cadence & Cascade | 4:37 |
@の曲は「ゼム・チェンジズ」LP『バンド・オブ・ジプシーズ』 演奏:ジミ・ヘンドリックス&バンド・オブ・ジプシーズ 録音は69〜70年日本でいえば「行く年・来る年」の時間帯に演奏・録音されたこのLPは 前述したサンフランシスコのフィルモア・ウエストと違い ニューヨークのフィルモア・イーストでのライブである 通称ジミヘンのLPは沢山あるし 名盤と呼ばれる物も数々ある中で 最もよく聴くLPである
ジェームス・マーシャル・ヘンドリックス(レード・ギター) ビリー・コックス(ベース・ギター) バディ・マイルス(ドラムス) 『バンド・オブ・ジプシーズ」唯一の1枚である バディ・マイルスのペンになるこの「ゼム・チェンジズ」は カルロス・サンタナ&バディ・マイルスのライヴ盤でも聴くことが出来る ジェームス・マーシャル・ヘンドリックスは 1970年9月18日帰らぬ人となった ウッドストックで演奏するジミヘンの姿は忘れられない(注:左のジャケットの写真は裏表紙の写真です)
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Aの曲は「メンフィス・アンダーグランド」LP『メンフィス・アンダーグランド』 演奏:ハービー・マン フルートの名手ハービー・マンが ロイ・エアーズ(ヴァイブ) ラリー・コリエル(ギター) ソニー・シャーロック(ギター)ー他ーのメンバーにより 1968年8月21日にスタジオ録音されたもので この当時 音楽は ロックはロック ジャズはジャズと明確に分けていたリスナーの多い中で ジャズとロックの融合・・・?というべき1枚である この頃このLPを聴く為に行った事のないジャズ喫茶へ毎日のごとく通い よくリクエストしたものですが すでに演奏中であれば他のジャズ喫茶へ 演奏中でなければすぐリクエストするのだが 「今かけたばかりですから 暫く待ってください」と言われるぐらいにヒットしていた 根っからのジャズ・ファンには嫌われていたようですが・・・R&Bのデュオ サム&デイブの大ヒット曲「ホールド・オン」をダビングしたかったのですが テープの時間がうまく合わなかった この「ホールド・オン」でのソニー・シャーロックのギター・ソロは 初めて聞いた時「なんじゃ こりゃ」 ギターを何かで擦りまくっているぞ と思うぐらいの連続音だけだったのが 当時の私たちにはそこにしびれたものです このアルバムはベスト・セラーとなった訳ですが ジャンルにこだわらない新たなリスナーが出てきて 音楽が変わりつつある時期だったのでしょう このLPジャケットには参加したミュージシャンの名前が4名以外は“他”とクレジットされているのですが よくよく見ると「On Hold On I’m Comin’ Miroslav Vitous plays Fender bass」となっている おいおい あのヴィトスがその他かよ・・・このベーシスト この後『天気予報』という名前のバンドに参加する そうあの『Weather Report』に である
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Bの曲は「ブーレ」CD『ア・リトル・ライト・ミュージック』 演奏:ジェスロ・タル 1968年デビューのジェスロ・タルの名作 「ブーレ」はJ.S.BACHの曲をバンド・リーダーのイアン・アンダーソンのアレンジによる非常に印象的な曲となっている この曲のデビューは古いのだが このCDのライブ・ヴァージョンの演奏・録音は1992年5月1日となっている イアン・アンダーソンの奏でるフルートの音色が素晴らしい 私はこの「ジェスロ・タル」はこれ以外ほとんど聴きません 新品同様なCDが何枚かあります クリスマス・ソング歌っていたと思います いずれにせよ 難解ですわ
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Cの曲は「ハート・オブ・ゴールド・/孤独の旅路」 LP『ハーベスト』 演奏:ニール・ヤング&ストレイ・ゲーターズ ニール・ヤングにとって4枚目のアルバムに入っているこの「孤独の旅路」は オールナイト・ニッポンのエンディングに使われていた 解説には「金の心」・・そのまんまや・・・を捜し求めて放浪してあるく男 軽快なテンポの作品です とありますが 私の場合 気が滅入っている時に聴くとさらに追い討ちを 何でもないときに聴くと 滅入ってしまう でもいい曲ですよ・・・参加ミュージシャン:ジェイムス・テイラー リンダ・ロンシュタット ディビット・クロスビー スティーブン・スティルス グラハム・ナッシュ
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Dの曲は「太陽のあたる場所」 LP『グルービン』 演奏:ヤング・ラスカルズ スティビー・ワンダーの大ヒット曲(66年)を R&Bを得意とする「ヤング・ラスカルズ」が歌っている 1967年夏 彼ら3枚目のLP この曲のみ他人の曲で後は全曲オリジナル このアルバムの6曲目「グルーヴィン」は1967年全米No.1になった曲 名曲中の名曲で彼らの評価を決定づけた曲でもある
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Eの曲は「ロンド/輪舞」 LP『ナイスの思想』 演奏:ザ・ナイス キース・エマーソン率いるナイスのデビュー作で 1968年1月発売
初めてこのナイスの演奏を聴いたのは NHK・FMだったと記憶しています 当時FM放送を受信できる装置は モノラル受信するものであっても大変高価なものでしたが S社がFM付きのトランジスタ・ラジオをそこそこの価格で発売して FMが身近かなものとなったのですが FM放送の特徴であるステレオ放送で受信できません 番組がステレオで放送される時に ステレオ調整というのがあって ジャック・ルーシェ・トリオの『目ざめよと呼ぶ声あり』が演奏され アナウンサーが「右からピアノが 左からオルガンのコラールが聞こえてきます」このナレーションが一番くやしかった なにしろ私のは真ん中からしか聞こえない アルバムを買って友人宅で聴いたナイスは やはりラジオのモノラルで聴いた曲とは違った この曲『ロンド/輪舞」は左右のスピーカーでキース・エマーソンのキーボードとデビット・オリストのギターでのせめぎ合いは かなりの聞き物となっている 復刻CDでは ボーナス・トラックが加えられている あの「ウエスト・サイド・ストーリー」の挿入歌として有名な[アメリカ」である かのレナード・バーンスタインは このナイスの「アメリカ」の驚愕のアレンジぶりにアメリカでの発売を阻止しようとした逸話も残されている キース・エマーソンは この後 キング・クリムソンのグレッグ・レイクとアトミック・ルースターのドラマー カール・パーマー達とあの エマーソン・レイク&パーマーを結成する
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Fの曲は「風に語りて」 LP『クリムゾン・キングの宮殿』 Gの曲は「ケイデンスとカスケイド」 LP『ポセイドンのめざめ』 どちらも演奏はキング・クリムゾン 私にとって難解(なんかい出てきたこの言葉)なキング・クリムゾンの歌詞・曲の中にあって大変美しいメロディーを持った曲 LPでB面 CDで4曲目「ムーン・チャイルド」はCMで使用されていました 映像が奇をてらた難解なものだった 何のCMか分からないままである この「キング・クリムゾン」は 当時にしては 若いロックミュージシャンとしては群を抜く演奏技術を持っていた 1969年時代に “メロトロン”をライヴに導入していたのは 「キング・クリムゾン」の他には 「ムーディ・ブルース」だけだったが 彼らはまた別な使い方をしていた 後に「エマーソン・レイク&パーマー」を結成したグレッグ・レイクは そのギターのテクニックをベースに応用した
このアルバムは1969年10月10日 イギリス発売 ビートルズの「アビー・ロード」を抜いて 全英トップのセールスを記録した この奇怪なフロント・カバーを手がけた「バリー・ゴッドバー」なる画家はアルバム発表4ヶ月後 24歳で他界している 彼の本業はコンピューター・プログラマーであった この頃 250ポンドもの大金を積んで セッション・ヴォーカリストとして雇い入れた とある男のデビュー・アルバムを初めて耳にしたロバート・フィリップは あまりに貧相なその歌唱に大いに失望 この契約を破棄してしまった その男の名は「エルトン・ジョン」
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左より「アトミック・ルースター」・「エマーソン・レイク&パーマー」・「ウエザー・リポート」・「カルロス・サンタナ&バディー・マイルス・ライヴ」
後述
ビートルズ ローリング・ストーンズ レッド・ツェッペリン ピンク・フロイド ボブ・ディラン等々 あえて今回テープ編集に入れませんでした 全曲音源はCDから・・・です『フィルモアの奇蹟』のCDをこのローカルな土地で見つけた時には それまでアナログ派でLPプレーヤーまで新調して聴いていたのですが 以後CDに変わるターニング・ポイントだったと思います 以来 復刻版CDを捜しているのですが 土地柄のせいもあってか 復刻版がでていないのか 不真面目のせいか 経済力なのか・・・思ったほど集められないのが現状です
今になって思い返せば この60年代後半からは本当に良く音楽を聴いていました 友人達と逢えば音楽談義 ビートルズの『ホワイト・アルバム』で「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウイープス」という曲があり「このギター誰が弾いてんの ジョージ・ハリソンは こんなにうまないで」「エリック・クラプトンが弾いてんねん」「なんやクラプトンけー たいしたとないわ」・・・よく分からない会話である 「ローリング・ストーンズのLP『アフター・マス』で”アウト・オブ・タイム”は8分(記憶があいまい)『2007.09.06・加筆・修正・・・“ゴーイング・ホーム(11分16秒)”の間違い』もある長い曲演奏している すごいなー」 「そんなんやったら アイアン・バタフライの”インナ・ガタタビタ”なんか15分(記憶があいまい)もある演奏してるで」 当時1曲3〜4分の演奏形態の時代であった
グランド・ファンク・レイルロード(トリオで演奏するバンド 音量の大きさは かなりのものでした)の音の大きさが話題になった時 「音のすごさやったら 前に「ブルー・チアー」というLSDの名前つけたバンドがすごいわー マーシャルのアンプ積み上げて ハシゴ(注:ハシゴという言葉ではないと思う)で登ってアンプ チューニングすんねんで 演奏が始まると近くのハドソン川でボート浮かべていた人達のボートが引っくり返りそうになったんや」 ホンマかいな? 友人達の中にはバンドやっている者も結構いて「ツェッペリンのファースト・アルバムの中で“ユー・シュック・ミー”って曲あるやろ ジミー・ペイジはギブソンのレス・ポールじゃなくてフェンダーのストラト・キャスターで弾いているんや そやないとあの音は出えへん」曲に対する感想でなく 使用するギターの話である どうも我々は音楽を耳で聴かないで頭で聴いていたようだ
ディープ・パープルの初期のアルバムでジャッケットに「ディープ・パープル」とだけ書いてあるアルバム LPでB面 CDでは8曲目 “エイプリル”というオーケストラを使った20分程の曲なのですが 当時京都のMというロック喫茶に通っていたあきらかにドラッグを使用している若者がよくリクエストしてトリップ状態になっていたのを思い出します いい曲ですよ・・・ローカルな土地に住んでいても CDを取り扱っているお店が何件かあるのですが 捜しているCDにはなかなかお目にかかれない 『ブルース/ホット・ツナ』というアルバム ジェファーソン・エアプレインのメンバー ギターのヨーマ・コウコネンとベーシストのジャック・キャサディ それにブルース・ハープのウイル・スカーレットの3人によるライヴ・アルバム アコースティックなサウンドなのに私のLPは雑音だらけ ジャック・キャサディ奏でるベースは とてもヘヴィー 彼は好んで太い弦を弾きまくるので レコーディング・エンジニア達からは メーターが振り切れる ピック・アップは飛ぶわで 不評だったようです
今回このテープを作り 下手な文章を書いていくうち ふっと思ったことがあります Side A Hの曲名“ヤスガーの農場”ってなんだろう 25年も前から聴いていてなんの疑問も持たなかった曲名 LPが今手元にないので調べようがないし CDでも触れていないのだが 60年代最後の最大のイベント 平和と音楽の3日間 あの伝説の“ウッドストック”“ボール&チェイン”を歌うジャニス・ジョップリンがいた “スター・スパングルド・バーナー”を奏でるジミ・ヘンドリックスがいた “トミー”を演奏するザ・フー そしてマウンテンも出演していた 広大な敷地をその会場として大衆に開放し そして決して悔やむ事の無かった農場主 其の名をマックス・ヤスガー “ヤスガーの農場” 間違っているのだろうか・・・
“ヤスガーノ農場”は正解のようです 『故・マックス・ヤスガー氏の農場で「ウッド・ストック」は行われた』
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再度申し上げますが この文章が私が会員になっていたミニコミ誌に掲載されたのは1995年より前だったと思います 当時はワープロでした 今回画像を付加できたのと 間違ったところを加筆・修正しました いずれにせよ独断と偏見によるものですし 間違いも多々あるかも・・・と思います この内容を引用されて笑いものになられても当方は一切責任が持てませんので(笑)・・・念の為